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最終話 ――そうだ、こんな時間軸がずっと続くわけないじゃないか。 培養槽の起動タイマーを設定しながらパピルスは思う。そうとも、何より電話でまた遊ぼうと約束したのだ。返事は無かったが嫌がられていない確信があった。きっとあのニンゲンは戻ってくる。 だからこそ、――だけれども。 紅のマントに包まれ台の上に横たわる兄の姿はまるで神の生贄の祭壇に捧げられた供物のようだった。パピルスは嫌な空想を頭蓋を振って振り払う。 設定が完了した機械が、かち、かちと秒針の音を刻み始めた。パピルスは軽やかな動きで台の上に飛び乗り、横たわる兄をそっと抱き上げ、そして時を待った。 あの子はきっと戻ってくる。しかしこの場所で得られる知識はもう得尽くし、そして兄はもう時間がない。 だから眠っていよう、次のリセットまで。 培養槽のガラス壁がせり上がり、パピルスとその腕に抱かれたサンズを覆う。足元の台座から上部の機械へ壁が接続され、続けて槽の中が養液で満たされる。 恐怖は感じなかった。当たり前だ、そもそも『ここ』で生まれたのだ。最期の最後で生まれた場所に戻ってこれたのは僥倖というものだろう。兄ちゃんだったらここで何かしらのジョークでも飛ばす場面かな、そうパピルスは思ったが、彼の頭では特に何も思いつかなかった。 培養層の中を養液が満たし、ジュッと音を立てて右目の炎が消えるのを感じた。この炎が頭からなくなったのはいつぶりだろうか。時計はあったがカレンダーはなかったので、もうわからない。とはいえ重要ではないのだ、次に目覚めた時はすべてが巻き戻っている筈だから。 養液の中を漂いながらパピルスはそっと腕の力を緩め、同じく漂う兄の姿を見る。ああ全く、寝顔だけはいつまで経っても変わらない。両手足は溶け落ち、肋骨も半分なくなり、今や頭蓋と脊髄と骨盤だけが残る兄。昔から小柄だったが随分と縮んでしまった。けれど、これも見納め。 養液の中でぷかぷかと浮遊しながら、パピルスは巧みに彼を包むマントの端を結い直し、包まれた兄の体をそっと抱きしめ直した。 そうとも、次に目を覚ましたら、俺様はきっとスノーフルの家にいるのだ。 そしたら俺様は、とりあえず部屋で寝ている兄ちゃんの様子をそっと見に行って、そっと1階に降りて、小石ちゃんに餌をあげて、アンダインと約束してる早朝の自主トレーニングを済ませて、メタトンの朝番組を見ながら朝ごはんのしたくをするのだ。 ごはんの準備が整ったらもう一回2階に上がって、それで五体満足の兄ちゃんにこう言うのだ。この怠け骨、いつまで寝てるの、もう朝だよ!!って。 ああ、とっても楽しみ。 微睡みに落ちていく中、パピルスは不意に研究室の扉が開いたことに気付かなかった。するりと足音もなく入ってきた長身のその影は、真っ直ぐに部屋の中央の培養槽で揺蕩う二骨を見やる。 「嗚呼、哀れなパピルス」 眠りに落ちる最後の意識の中、大昔にどこかで聞いた声色で、そんな言葉が響いたような気がした。 |